Googleの検索結果と忘れられる権利の関係

弁護士 若林翔
2019年09月26日更新

みなさんも一度は自分の本名をGoogleなどの検索エンジンでググってみたことがあるのではないでしょうか。

インスタグラムやTwitter・Facebookを使っていて,本名で活動していない限りは自分に関することがヒットすることは少ないかと思います。

しかし,過去に逮捕されて全国紙のネットニュースに実名を報道されてしまった方や,ネットの住民から言いがかりをつけられ何もしていないのに実名を多く載せられるようになってしまった方など,20年前には予想もしていなかった問題が生じています。

そこで,近時「忘れられる権利」という法律論が展開されています。
今回は,法律に詳しくなくても「忘れられる権利」について大まかな理解ができる,というテーマで解説していきます。

忘れられる権利が主張され始めた経緯

これまでは,上記のようなケースで自分に関する情報をネットから削除したい場合には,個別のサイトを運営している個人・法人に対して1つ1つ削除請求をしなくてはなりませんでした。
その方法だと,炎上して何千何万と自分の個人情報が拡散されてしまったときにはもう手に負えません。

そこで,Googleなどの検索結果から削除されれば実質的にネットでは個人情報を検索できなくなる,という主張がされ始めました。これが「忘れられる権利」の誕生です。

しかし,Googleは世界中に広く普及していますが,あくまで営利企業なので自らに不利になるようなことは絶対にしません。

なんでもかんでも削除に対応していると,逆にGoogleの検索エンジンの質が落ちてユーザーが減ることに繋がりかねない,といった事情があったりもするのでしょうか。

忘れられる権利と日本の法律

「忘れられる権利」は主にEU圏にて議論されてきた権利ですが,2014年5月に欧州連合司法裁判所の判断で認められたことによって世間に知られるようになりました。

「忘れられる権利」とは,個人が,個人情報などを収集した企業等にその消去を求めることができる権利と言われています。

個人が犯罪行為により逮捕されたさいにテレビやニュースで報道されます。犯罪に関する報道は,ネットニュースサイトでも報じられネットタトゥーとしてその後も残り続けます

刑罰を受けて更生した後に,第二の人生を懸命に生きている方もいるかと思いますが,自らの名前と犯罪歴が紐付けられて世界中の誰しもがその情報を閲覧できてしまうのは,むしろ更生を阻害しているのではないか。そのように考えた1人の男性が,犯罪報道などの自分に関する負の情報を「忘れられる権利」として主張できないものかと,裁判にて争い,地裁が検索エンジンから削除することを認めたという判決がありました。

さいたま地裁では主張が認められたものの,東京高裁及び最高裁にて覆されてしまいました。
日本の裁判所の慣習では,最高裁の判断が最も尊重されますので,いくら地裁が画期的な判決を出しても最高裁で覆されることがよくあります。さらには,地裁の判決というのは,他の地域の支部はおろか,同じ地裁内でも判決の一参考資料程度にしかなっていないのが実務です。

そうはいっても,「忘れられる権利」の議論がさらに活発になり,各地域の裁判所で「忘れられる権利」を認めるような判決が出れば,最高裁の判断も徐々に変化していくかもしれません。こればかりは,今後の「忘れられる権利」についての裁判の動向を静観するしかないでしょう。

今回最高裁で出された判決の内容としても,削除が認められるための要件を厳格に解釈できるような(Google側に有利な)書きぶりだったため,専門家からも非難されている判決です。

東京地裁の判決(忘れられる権利を肯定)

【要旨】

三年余り前に児童買春により罰金刑に処せられた債権者の逮捕歴がインターネット上の検索サイトで検索することによって利用者に簡単に閲覧されるおそれがあるときは、債権者には、知人にも逮捕歴を知られ、平穏な社会生活を著しく阻害され、更生を妨げられない利益を侵害されるおそれがあり、その不利益は回復困難かつ重大であると認められるから、検索エンジンの公共性を考慮しても、検索結果における逮捕歴の表示は、債権者の更生を妨げられない利益を社会生活上の受忍限度を超えて侵害していると認められる。

引用|さいたま地方裁判所 平成27年(モ)第25159号 投稿記事削除仮処分保全異議申立事件

自らの犯罪歴を検索結果から削除できることを認めた画期的な判決でしたが,後に東京高裁で覆され最高裁でも「忘れられる権利」について判断がなされないままこの裁判は終了しました。

東京高裁の判決(忘れられる権利を否定)

【事案の概要】

インターネット上で抗告人(債務者。グーグル)が提供する検索サービスにおいて、検索語として相手方の住所の県名及び氏名を入力して検索すると、検索結果として、相手方(債権者)が平成23年7月に犯した児童買春行為に係る逮捕歴を含む内容のものが複数表示されることについて、相手方(債権者)が、人格権を被保全権利として、その侵害排除請求権に基づき、民事保全法23条2項の仮の地位を定める仮処分として、上記検索結果の削除を命じる仮処分命令の申立てをし、原審は、平成27年6月25日付けで、本件申立てを認容する仮処分決定を発令し、これに対して抗告人が申し立てた保全異議に対しても、同年12月22日付けで、仮処分決定を認可する原決定をしたため、これらを不服とする抗告人が、原決定及び仮処分決定をいずれも取消した上で本件申立てを却下することを求めて抗告した事案において、現時点において、上記検索結果の削除又は非表示措置を求める保全の必要性があるとは認められないとして、原決定及び仮処分決定をいずれも取消し、本件申立てを却下した事例。

【要旨】
1.「忘れられる権利」を内容とする人格権に基づく妨害排除請求権は、その実体は、人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づく差止請求権と異ならないから、後者の差止請求の存否とは別に、「忘れられる権利」を一内容とする人格権に基づく妨害排除請求権として差止請求権の存否について独立して判断する必要はない。
2.人格権の一内容としての名誉権ないしプライバシー権に基づき、インターネット検索サービス上で自己の氏名等を検索すると逮捕歴等が表示されるという検索結果の削除等を求める差止請求がなされた場合において、逮捕歴に係る犯行が真実であり、いまだ公共の利害に関する事項であって、上記検索結果の表示が公益目的でないことが明らかであるとはいえず、また、検索結果の削除により多数の者の表現の自由及び知る権利を大きく侵害しうるものである一方で、本件犯行を知られることにより相手方に直ちに社会生活上又は私生活上の受忍限度を超える重大な支障が生じるとは認められない等、表現の自由及び知る権利の保護が優越すると認められるときは、上記差止請求は認められない。

引用|東京高等裁判所 平成28年(ラ)第192号 投稿記事削除仮処分決定認可決定に対する保全抗告事件

最高裁の判決(忘れられる権利を否定)

【判断枠組み】
以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると,検索事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。

【本件への当てはめ】
これを本件についてみると,抗告人は,本件検索結果に含まれるURLで識別されるウェブサイトに本件事実の全部又は一部を含む記事等が掲載されているとして本件検索結果の削除を求めているところ,児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は,他人にみだりに知られたくない抗告人のプライバシーに属する事実であるものではあるが,児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁止されていることに照らし,今なお公共の利害に関する事項であるといえる。また,本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると,本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる。
以上の諸事情に照らすと,抗告人が妻子と共に生活し,前記1(1)の罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても,本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。

引用|最高裁判所第三小法廷 平成28年(許)第45号 投稿記事削除仮処分決定認可決定に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件

Googleの検索結果を削除するさいの指針としても,犯罪歴を公表されない法的利益」と「検索結果として提供する理由」を比較して,「犯罪歴を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,Googleの検索結果を削除することが認められることになります。

しかし,上記の事案では犯罪歴=児童買春であったため,公表する理由が上回ったと判断され削除は認められませんでした。

アメリカでも,児童に対する性犯罪を犯した者にはGPSが埋め込まれるなどの措置が採られている州もあります。そういったこともあり,児童売春という犯罪事実の発生は国民の重大な関心事でもあり,裁判所としても,Googleが検索結果として提供することには理由があると判断したのではないでしょうか。

国民感情の点からも性犯罪については厳罰化の傾向もありますし,裁判所の判断としても慎重になっているようです。これが公益性が保護法益となっていない別の犯罪歴などであれば,また違った結果になっていたかもしれません。

弁護士 若林翔

弁護士法人グラディアトル法律事務所代表弁護士。 東京弁護士会所属(登録番号:50133) 男女トラブルや詐欺、消費者被害、誹謗中傷など多岐にわたる分野を手掛けるとともに、顧問弁護士として風俗やキャバクラ、ホストクラブなど、ナイトビジネスの健全化に助力している。

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